BOURBON STREET

Step 1    『サンジエイゴ・ジャズフェスティバル』同行記

住友 久忠(ODJC会員)

 私が初めてニューオリンズを訪れたのが1984年で、その翌年に我が愛する阪神タイガースが21年ぶりにリーグ優勝を果たし、しかも『日本一』に輝き、2003年にも18年ぶりに『リーグ優勝』を成し遂げ、その年に私が19年ぶりに今度はニューオリンズではないが、ロサンゼルスを訪れる事になり、何か『阪神の優勝』と私のアメリカ行きが関わっているように思えて仕方がないのです。

 さて冗談はさておき、今回 ロサンゼルス・サンジェイゴで開かれた【第24回サンクスギビング・デイキシーランドジャズ・フェスティバル】であるが、開催の約一ヶ月前にサンジェイゴ山岳地帯で大規模な『山火事』が発生し開催が危ぶまれたが、何とか鎮火し開催に至ったとの事であった。

 出演バンドは全部で三十数バンドであるが、殆どが西海岸地域で活躍しているデイキシーランドジャズ・スタイルのバンドと思うが、数少ない外国勢では、結成40余年で現在もバンク・ジョンソンやジョージ・ルイスのスタイルを引き継いで活躍しているバンドとして、我がニューオリンズ・ラスカルズが招かれた訳である。ODJCからも、石上佳春氏、三木正氏、深津肇氏夫妻、小中一伸氏夫妻と山本公子さんと私達夫婦が応援の為参加する。

 ジャズ・フェスティバルは11月28日から始まるが、コンサート会場は我々が宿泊した『Town & Country Hotel』の広大な敷地の中にコンベンション・センターなるものがあり、その中に大きなホールが5会場位あり神戸ジャズ・ストリートのようにワッペン(3日間通用分で約20法砲杷磴ぁ好きな会場に入れる仕組みになっている。演奏は午前11時頃〜午後11時頃迄であるが、日本でも同じであるが入場者の殆どが60歳以上であり、これは世界共通の現象なのか?と思うと同時に、この素晴らしいリズムが何故若者に受けないのかと考えるが、私の率直な意見としては結局若者はこのリズムを知らないと云う事に外ならないと思う。ジャズの聖地であるニューオリンズでさえ、生粋のニューオリンズ・ジャズが殆ど聞けなくなっている事を聞き誠に遺憾である。

 私ごとの話しで申し訳ないが、今回は女房と娘と幼稚園に通っている孫も一緒に行った事から折角サンジェイゴに来たので、ジャズを聞くのは『夜』だけにして、ホテルの近くにトロリー電車の駅があり、電車とバスを乗り継ぎ、一日目は世界的にも有名な『シーワールド水族館』石上先生親娘さんと一緒に行き、素晴らしい『オルカのショー』を見たり、二日目は『サンジェイゴ動物園』に行き、日本でも未だ見た事が無かった『パンダ』を40分も待って見たりで孫は大喜びであった。

 さて一番肝心なコンサートの件であるが、ラスカルズのメンバーであるが、仕事の都合で川合純一氏と尾崎喜康氏は残念ながら来れなかったが、ピアノは石野美恵子氏(ニューオリンズ レッド ビーンズ)が助っ人で参加してくれた。また現地では,日本でもお馴染みのクリント・ベーカー(bj)氏、トム・シャープスティン(cl)氏、マイク・フェイ(b)氏、ジム・リー(tb)氏、テッド・トーマス(tp)氏等が応援に掛けつけてくれ、各会場とも殆ど満席の状態で、久しぶりに聞ける、ニューオリンズジャズに温かい大喝采を浴び、ラスカルズも大張り切りの演奏でファンにお返しをしていた。このような事でCDも良く売れていたようである。

 最終日にはラスカルズの皆さんがホテル内の高級レストランで外国人プレイヤーと我々、総勢40名位を『昼食会』に招いてくれた事に感謝し、あとで皆さんと記念撮影をした事は私の人生の良き思い出になると思います。そして最終日の演奏は午後10時〜小休憩を挟んで12時迄、2時間の演奏であったが、誰一人席を立つ事なく熱心に聞いて頂き、ラストの曲が演奏終了後、全観客が総立ちになり、長い長いスタンディング・オーベイションを受けるが、この時流石の私にも涙がこぼれた。

 最後になるが、このサンジェイゴジャズ・フェスティバルで色々お世話になった、ドティ・ローレスさんダイアン・ファーリングさん、ジョー・ウォルトン氏に感謝の意を捧げる次第である。

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